2010年08月12日

恐怖の国境越え!いざエルサレムへ

アンマンは1泊のみの滞在。余分な荷物は宿に預け、午前8時に宿を出た。
セルビスに乗ってムジャンマ・シャマーリーというバスターミナルへ。
ここからキングフセイン橋へと向かうバスへと乗り込んだ。
ちなみに、ミニバスで行くと5JD(650円)。バスだと3JD(400円)である。
運よくちょうどバスが出るところだったので安く済んでよかった。

行き先は、イスラエルだ。

悪名高いイスラエル。でも1度は行ってみたかった。
世界を混乱させる3つの宗教の聖地エルサレム


でも、ここへ行くための道のりは長い。
イスラエルの入国審査は厳しく、ヨルダンとイスラエルの間の国境ではたくさんの人が並ぶ。
入国の際に怪しい点があれば何時間でも待たせるというので評判だ。

しかも、イスラエルに入国した形跡がパスポートに残るとレバノン・シリア・イラン・イエメンなど、多数のイスラム国家に入れなくなってしまう。なので多くの人はスタンプを押されまいと必死になるため、さらに難関なのである。

アンマンから1時間ちょいで到着したキングフセイン橋。
キングフセイン橋
ヨルダンの出国を済ませ、橋を渡ってイスラエル側へ。
これまでのどの国の入国よりもなんかドキドキしてしまった。
この時に乗るバスは他に移動の選択肢が無い上に、数百メートルしか移動しないくせに5JD(650円)という、超ボッタクリである。

かなり並んで荷物を預け、カウンターに並んでいるとムスリムのかわいらしい女の子に声をかけられた。親切にいろいろと教えてくれる。

彼女にイスラエルに住んでいるの?と聞くと
「いいえ、パレスチナよ。」
と答えていたのがすごく印象に残っている。


そして一番驚いたのは、
彼女のパスポートの表紙に
PALESTINAの文字があったことだ。


日本に居てテレビの中でしかイスラエルやパレスチナを知らない自分に取っては、パレスチナとは言えイスラエルの一部という感覚が強い。そして怖いという印象を植え付けられている。

パスポートもパレスチナ自治政府で発行されていることは自分にとっては衝撃であった。
これまで触れ合ってきたアラブの人たち、そしてこの娘との会話の中で、パレスチナの印象は急激に変わっていった。


そしてついに始まった審査タイム。
イスラエルのかわいいネーちゃんが次々と質問を浴びせてくる。

「イスラエルには何をしに行くの?」
「ここまで来るのにどこの国へ行ったの?」
「どの国に何日ずついたの?」
「どの国に日本から飛んできたの?」
「シリアでは何をしてたの?」
「イスラエルに家族か友達は居る?」
「どこに泊まるの?予約はしてるの?」
「どこの街に行くの?ずっと同じ所に泊まるの?」
「イスラエルには何日居るの?」
「現金はいくら持ってる?クレジットカード持ってる?見せて。」
「イスラエルの次はどこへ行くの?エジプトには何日居るの?」
「日本にはどこから帰るの?いつ帰るの?eチケット見せて。」

というような感じだ。
しかし、全部きちんと答えたのにしばらく待合所で待っとけと言われる。

あぁ・・・これが噂の放置プレイやろか・・・。
と思いながら待つこと数十分。
違うネーちゃんから名前を呼ばれてまた質問攻撃をされる。
質問内容はさっきのネーちゃんとほぼすべて同じ内容だ。

「もうちょっとだけ待っててね。」とにこやかに言われてまた待つことに。

そしてその間あまりにヒマなので日記を書いていたら、目の前に覆面警官みたいなのが。

(#●皿●)「おい!!おまえ!!
     何を書いている!!パスポートを見せろ!!」


いやいやいやいやいやいや!!

パスポートはお前らが持ってんだろうが!!
見せろというならさっさと返せや!!!!!!!

と心の中でブチ切れながらも、下手に抵抗しないほうがいいなと思って
丁寧に話をしているのに、結局はこの一言である。

(#●皿●)「ちょっとこっちへ来い!!」

というわけで、別の場所に連れて行かれ、
さっきの2人と同じ質問がまた繰り返される。

(#●皿●)「書いてた内容を説明しろ!
     荷物に武器はないだろうな??」


などと最後に聞かれた後、ようやく解放される。

まじでぶっとばすぞこいつら。。

この時点で、パレスチナの印象とは逆に、イスラエルという国の印象がだいぶ悪くなっていた。

入国が完了して、ミニバスに乗り込む。
イスラエル入国
料金は40シェケル(約1000円)である。高すぎ。。
結局朝8時に出たのにエルサレムに着いたのは午後3時。
全部で7時間かかった。
なんもなければ車で2時間もかからない距離なのに・・・。


国境で7時間待たされたという話も聞くし、15時に国境が閉まる日だったのでまだましだったのかもしれない。。

とにかく疲れる国境越えだった。

2010.07.24
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2010年08月13日

聖地エルサレム

とりあえず宿に荷物を置いて、ベイルートとダマスカスで会ったS夫妻と合流することに。
そしてぶらぶらと旧市街を歩き、観光する。

世界遺産 エルサレム旧市街とその城壁群

ムスリム地区やユダヤ地区・アルメニア人地区などがあり、色々な人が歩き回る異様な雰囲気を持った街。そして歴史深い街。
こちらは入口のダマスカス門
ダマスカス門
門を入るとすごい活気があふれていて、いろんな人が歩いている。
エルサレム旧市街
時間がもう夕方だったので、3人でイエス・キリストが歩いたヴィア・ドロローサという、判決を受けてゴルゴダの丘まで歩いたという道を軽く歩いた。そう、当時さながらに。。以下は冒涜なので言えません爆弾

最終地点の聖墳墓教会はキリストの墓であり、ゴルゴダの丘のあった場所。
多くの巡礼者が中でお祈りをしていた。まさに聖書の世界。なんか実感がわかない。

その後新市街でご飯を食べた。
パスタをレストランで食べただけなのに、1000円〜2000円程度の出費になる。こりゃ外食できんわ。。

旧市街に戻る途中、こんなおっちゃんが道端で歌ってるのがおもしろかった。


旧市街に戻るとそのまま嘆きの壁へ。
嘆きの壁
おおお!予想していたより結構高い壁だ。
それにしてもめっちゃいっぱい居る!
エルサレム旧市街
こんなユダヤ人がウヨウヨと居ます。
夏なのにこの格好です。
エルサレム旧市街
メーテルみたいな帽子に三つ編みしたモミアゲ。実にふざけとる。
しかしこれが正装だそうだ。めんどくせぇ民族だな。。


ちょうど土曜日だったので、たくさん集まる日だった?のかな。よくわからんけど
嘆きの壁を出たのは夜の11時過ぎ。まだ人が減る気配はなかった。

エルサレム旧市街
宿まで戻るまでの旧市街。こんなに雰囲気のある街は歩いたことがなかった。

2010.07.24
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2010年08月16日

ユダヤ人最後の砦マサダ

朝早くに宿を出発し、ヤッフォ門のそばから市バスでセントラルバスターミナルへ。

朝ごはんに旧市街のパン屋さんで買ったピザがめちゃくちゃ不味くて残してしまった。
エルサレムで買ったピザ
どうやったらピザをあんなに不味く作れるんだ!!??

ターミナルからエイラート行きのバスに乗り途中下車する。目的地はマサダ。

バスチケット(40シェケルぐらい)を購入し、バス乗り場で並ぶ。
しかし、並んでたのは全く意味の無い行為であった。バスが到着したとたん、すさまじい勢いで四方八方からバスへ人が押し寄せる。みんな座席を確保しようと必死だ。あまりの混雑に怒号が飛び交う。

やっとのことでバスに乗り、走ること2時間程でようやく到着。

世界遺産 マサダ
マサダ
(画像出典:フリー百科事典Wikipedia)

テーブルマウンテンのようにそびえ立つ岩山の頂上に広がる遺跡。

紀元73年、ローマ軍にエルサレムを奪われ、追い詰められたユダヤ人はこの地に1000人で立て籠もる。2年間の籠城の末、集団自決をし、国を失ったユダヤ人はその後2000年にわたって世界中へ散っていくことになる。

バスを降りた瞬間からすさまじい熱波が体に襲いかかってきた。
この地方は暑いとは聞いていたけどこれほどとは。。

上りか下り、どちらか片道ぐらいなら歩いてもいいかも黒ハート
なんて思っていたが、一瞬にしてあきらめてしまいました。

ええ、往復ともロープウェイです。
あんなの歩いたらマジで死ぬレベルモバQ

ロープウェイに乗る前に数分のビデオを見せられ、乗り場へ。
ロープウェイのロープが遥か山の上まで伸びている。
マサダ要塞
あんな山の上によく2年間も籠城できたものだ。。しかもこの暑さで。。

上に到着すると、眼下には広大な景色が広がる!
マサダ要塞

言っちゃあ悪いけど、何も無い大地だこと。。

そして、貯水池跡など、1000人が生活した遺跡が広がる。
マサダ要塞
ちなみに、こんな遺跡のすぐ横は崖になっていて、贅沢な眺めを見ることができますexclamation×2
マサダ要塞
遺跡自体はハッキリ言ってちょっとガッカリ系やけど、ここは眼下に広がる景色を楽しむ遺跡だと思って歩きまわりました。

こちらは山の中腹にある遺跡へと降りていく階段。
マサダ要塞
わかるかな・・・?この下に広がる岩山の規模。ほんとに景色の壮大さは半端じゃなかった。

死海と何も無い大地を前に力強くなびくダビデの星。
マサダ要塞
「ノーモア マサダ」を合言葉にユダヤ人は誓う。
ユダヤ人にとっては長きに渡る迫害の歴史の始まりとなった場所。

「2度とマサダは陥落させない。」
イスラエル軍兵士の入隊宣誓式はこの地で行われるそうだ。この言葉を締めくくりにして。

たくさんのイスラエル人がここを訪れているのが印象的だった。

山を降りた後に飲んだストロベリージュースがめちゃくちゃ美味しかった。
あんなに美味しいと思ったことは無い。それぐらい暑かった。。

2010.07.25
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2010年08月17日

死海でぷかぷかしてきた

マサダを後にし、エンゲディ・パブリックビーチへとやってきた。
死海

やってきたのは世界一低い場所死海だ。

海抜マイナス400メートル。
唯一の水源はヨルダン川であり、死海から流れ出る川は無い。また降水量がほとんど無く、気温も非常に高温なので水分がどんどん蒸発して塩分濃度が濃くなっているのだ。

というわけで、おそるおそる死海に入ってみた。
死海

おおお!ほんまにめっちゃ浮く!!
塩分濃度は海水の10倍(30%)だそうだ。ほんとに辛い。。

てゆうか、、痛ってえ〜〜!!!

体中の傷がめちゃくちゃ痛いexclamation×2あんなとこ5分と入ってられない。。
そうか。。よく考えたら傷口に塩塗ってんのと一緒やもんな・・・。

というわけで、新聞読んでる写真を撮って、平泳ぎができないのを試してすぐにあがった。
(足が沈まないからほんまに平泳ぎできないんです!!)

そして、近くに居たユダヤ人のジィさんにもらった泥パック(買ってきたらしい)で泥を塗りたくり。。
死海

シャワーで落とすときに周りに居た外国人に「その泥はどこで手に入れたの?」と聞かれまくったけど、まさか買ったやつをさらに貰っただなんて言えなかった。

死ぬほど暑いのであがってからアイス3本も食べてしまいました。

しばらくゆっくりした後バスでエルサレムへ。
3人で昨日見つけた新市街の中華料理屋へ行こうと決めていた。
MANDARINという中華料理屋さん。なんとなんと、メニューの中に
「MA-PO TAU-FU」があるじゃないか!!

こんなところで麻婆豆腐食べれるんか!!

やばい。。あまりの期待でドキがムネムネしてきた。。


中にはビジネスで来ている感じの日本人の団体も居たので、ちょっと安心をしていた。
MANDARIN
なにより最初に出てきたこのワンタンスープがめっちゃ美味しかったのだ。

そしていよいよマーボーの出番だexclamation×2
MANDARIN
おおおぉぉぉぉおおおお♪♪

ん?!??

なんか気のせいか色々入っとる。。
いや、気のせいじゃない。玉ねぎ・にんじん・瓜にネギ・・・
なんじゃこれは。。でも一応豆腐は入ってるからこの料理で間違いないんだろう。。


と思いながらおそるおそる口にしてみた。

うっ・・・!たらーっ(汗)たらーっ(汗)

こんなの麻婆豆腐じゃねぇ・・・むかっ(怒り)むかっ(怒り)

なんていうか、なんで中華も中東風やねんたらーっ(汗)たらーっ(汗)
食べた後のテンションはだだ下がりであった。

そうだ、これは麻婆豆腐じゃない。マーポータウフだ。

そう自分に言い聞かせるしかないのだった。

2010.07.25
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2010年08月21日

新市街のフェスティバル

ベツレヘムから帰った後、もし行けたらテルアビブに行きたいね〜
なんて言っていたのだけど、午前中ぐらいで帰ってくるつもりがすでに午後3時。
テルアビブへ行くのは諦めてエルサレム新市街の散策に出かけた。

もともとはS夫妻の何やらよくわからない探し物の付き合いだったのだけど、
バスターミナルから30分ぐらい歩くと何やら賑やかな所に出てきた。
エルサレム新市街
目的の店を出た後は付近を散策。
道を歩いているとこんなのやってた。
エルサレム新市街
大道芸?じゃないけど、色々パフォーマンスしてる。
キレーなおねぇさんがシャボン玉を飛ばしては子どもおおはしゃぎだ。

スーパーで今夜の晩御飯の材料を買った後、
道を戻っているとフェスティバルをやっていた。
エルサレム新市街

なにやら色んなおもしろそうなお店が出ているぴかぴか(新しい)
エルサレム新市街
こちらはお米に名前を書いてくれるやつ。25シェケル(600円)で、ヘブライ語でお米に名前書いて、ペンダントにしてくれた。

こちらはよくわからないけど見てておもしろいつるし物系

かなり見てておもしろいのでちょっと欲しくなった。。がかなりでかいし荷物に入らないのでパス。

こちらは針金とビーズ細工のお店。結構色んな動物があってカワイイ。
エルサレム新市街
写真はダメヨとおばちゃんが言っていたがちゃっかり盗撮。

ちなみに、ここから旧市街に戻るバスが全然来ないのと聞いたユダヤ人たちがみんな適当なことを言いまくるので、散々な目にあった。(疲れてるから余計に・・・)

てゆうか、ユダヤ人ってモノ尋ねようとしても
「英語話せない」
とかプイっと言う人が多い。あれ結構ムカっとくんねんけど
ほんまに話せない人多いっぽかった。
なんかイスラエル人って結構英語とか話せるイメージあんねんけど。。

結局行こうと言っていた岩のドームには今日も行かずじまいだった。

2010.07.26
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2010年08月25日

エルサレム旧市街 前編

イスラエル4日目。
なんとなしにこの3日間で嘆きの壁なんかは見てきたけど、
なにせこの広いエルサレム旧市街。散策には1日欲しいところ。
というわけで聖地エルサレムの旧市街散策に1日を費やしました。

朝起きて向かったのはヤッフォ門
ここにはダビデの塔というのがある。
ダビデの塔
ダビデとはミケランジェロの彫刻でも有名なイスラエルの王。
(っていうことも旧約聖書物語を見るまで知らなかったけど…)

ここは2000年ほど前に作られた要塞の遺跡となっている。
そしてそれがミュージアムのようになっている。
ダビデの塔
旧市街の街中にこんな遺跡があるのは結構すごい眺め。

そして塔の上からは旧市街が一望できてとてもいい景色だ。
ダビデの塔

ある程度楽しんだら暑いので次へ。
エルサレム旧市街は城壁で囲まれており、その城壁上を歩くことができる。
というわけで、ヤッフォ門から糞門まで歩くことにした。
エルサレム旧市街の城壁
見てわかるように城壁の上を歩いている人はほとんど居ない。
よほど物好きしか歩かないのだろうか。。


20分ほど歩くとようやく糞門に到着。
なんでこんな名前の門にしたんだろうたらーっ(汗)たらーっ(汗)
糞門はユダヤ人地区のすぐ近くなので、ユダヤ人がたくさん居る。

そのまますぐそばにある嘆きの壁へと向かった。
昼にここへ来るのは初めてだ。
嘆きの壁
人数は少ないけど相変わらず一生懸命嘆いている。

嘆きの壁
壁にはこんな風にたくさんの紙が詰め込まれている。
これはお願い事をここに書いて詰め込んでいるそうだ。
隙間という隙間にこのような紙が詰め込まれている。

気温がかなりあるので、やっぱり結構きついんだろうか。
隣の屋内(クーラーがガンガン効いてる)でもみんな一生懸命嘆いていた。
嘆きの壁
ここでアンマンで会ったY君とD君にたまたま会ったので一緒に廻ることに。
ちなみに、頭がブレてるのは、みんな頭を上下に動かしまくっているからである。

嘆きの壁。
近くまで行って写真を撮っていても、みんな気にせずずっと嘆いている。
エルサレム神殿の跡地にしてユダヤ人にとっての一番の聖地。
こんなところに観光客が入ってもいいのだろうか。。
無宗教な自分でもそんなことを思わせられる場所であった


次に向かったのは、隣にある岩のドーム
入り口がわかりにくく、現地人用の入り口にばかり辿りついていたが、
糞門から嘆きの壁に入るゲートの右側が入り口になっていた。
岩のドーム
こんな不安になるような通路を渡った先にある。

岩のドーム
通路を過ぎると、広い公園のようになっていて、こちらは嘆きの壁の裏側。
この向こうでユダヤ人が一生懸命嘆いていると思うと滑稽だ。

ユダヤ人が一生懸命祈り、嘆いている先には
イスラム教の聖地であるこの美しいドームがある

本当に思う、なんという街だろう!と。
岩のドーム
壁にめーっちゃ細かいモザイクが施してあってめっちゃキレイ!!
岩のドーム
ご存じイスラム教のムハンマドが昇天したときに踏んだという岩があるイスラムの聖地。
故にここはムスリムしか入れないんです。めっちゃ残念。。

その辺のお店で黒ずくめの服を買ってムスリム女性になりすましたら入れるような気はするが・・・
この暑さでそこまでしようとはもう思わなかった。


次来ることがあれば、物価の安い国で眼だけ出すようなムスリム女性の服を買って挑戦してみたいと思う。

(ちなみに、岩のドームの聖なる岩はアブラハムが息子のイサクをささげた岩ともされているのでユダヤ教とキリスト教も聖地との主張をしているらしいです。)

続く。

2010.07.27
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2010年08月31日

エルサレム旧市街 後編

岩のドームをライオン門の近くの出口から出ると、ちょうどヴィア・ドロローサの1つめのポイントがすぐそばにある。

ヴィア・ドロローサとは「悲しみの道」
キリストが死刑判決を受け、十字架を背負い、ゴルゴダの丘へと歩いた道。

多くの巡礼者の歩くこの道をゆっくりと歩いてみました。まずは始発点の第1留から。。

第1留 -裁判を受ける-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
今は小学校になっていますが、当時はローマ総督の館でした。
ユダヤ人たちの訴えにより、イエスは死刑判決を受けます。

第2留 -死刑判決を受け、十字架を背負わされる-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
「鞭打ちの教会」と呼ばれるここは、イエスが茨の冠をかぶせられ
死刑判決を受けて鞭で打たれ、十字架を背負わされた場所。

第3留 -十字架の重みでつまづく-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
西へと向かう道の突き当たりまで行くと南側にこんなモニュメントのある礼拝堂がある。
中にはたくさんの人が集まって歌っており、簡単に入っていける雰囲気ではありません。

第4留 -マリアがイエスと顔をあわせる-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
第3留のすぐ右にあるこのモニュメント。
マリアが十字架を背負って通り過ぎる息子の姿を耐え忍んだ場所だ。

第5留 -シモンがイエスの代わりに十字架を背負う-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
再び西へと向かう坂道の手前にあるこの場所で、キレネ人のシモンがイエスに代わり十字架を背負ったと言われている。

そしてここからこんな坂道を登っていきます。
どれだけ狭い道かわかってもらえることでしょう。。
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)

第6留 -ベロニカがイエスの顔を拭く-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
ベロニカという出血病の女がイエスの顔を拭ったと言われている。
この石柱がベロニカの住居跡だそうだ。

第7留 -再びつまづく-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
坂道を登るとスークと交差する場所にある。
とても狭い道なので巡礼者がいっぱい居ると全然通れません。。

第8留 -悲しむ女たちをなぐさめる-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
スークを超えてそのままちょっとまっすぐ行った所にある。
「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。」
嘆き悲しむ婦人たちに向かって、イエスはそう言ったと言われている。

第9留 -再々度つまづく-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
第8留から一度スークへ戻り、南へ進むと右上に進む道がある。
そこを上っていくとコプト教会の柱に第9留がある。

第10留 -服を脱がされる-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
聖墳墓教会の外側から見えるこの赤い格子のついた部屋。
この場所でイエスはローマの兵士に服を脱がされた。

第11留 -十字架に磔にされる-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
聖墳墓教会に入ってすぐ右の階段を上ったところにある。

第12留 -イエスの死-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
第11留の左に大きな祭壇があり、ゴルゴダの丘がある。
その真ん中にプレートがあり、そこに十字架が立てられたらしい。
多くの人がここに並び、立てられた場所でお祈りをしていた。
これが祭壇を取り囲むゴルゴダの丘
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)

第13留 -十字架の下の母マリア-
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
聖墳墓教会の入り口正面にあるこの塗油の石
遺体がこの石に横たえられて埋葬処理がなされたらしい。
めちゃくちゃ大きな袋に布をたくさん入れて、香水をつけて石になすりつけている人が居た。
あれはどこかで売るんだろうか・・・?聖なる布みたいなもんになるのかな。。

第14留 -イエスの墓-
イエスの墓
聖墳墓教会の入り口正面を左に進むと大きな円形の建造物の中にイエスの墓がある。
ここにもたくさんの人が並んで、中ではひじをついて両手を握り長い時間お祈りをしている。
たやすく入っていいのだろうか・・・そう思わせられる場所であった。


ヴィア・ドロローサ
全部で1kmほどの距離の細い道だが、ものすごくたくさんの巡礼者がこの道をたどりその地点ごとにお祈りをしていた。
無宗教な自分でも、この場所の持つ特別な雰囲気を感じずにはいられなかった。


聖墳墓教会を後にして、シオン門へと向かった。
門を出てしばらく歩くと、「最後の晩餐」の部屋がある。
「最後の晩餐」の部屋
ミケランジェロも描いている最後の晩餐。その部屋があるなんて!!
全然実感わかない。。当たり前だが多くの巡礼者が居る。本当に絶え間なくやってくる。常に部屋はいっぱいだ。

すぐそばにあるダビデ王の墓
ダビデ王の墓
観光で入ってくる自分たちは完全に浮いていた。

そしてマリア永眠教会
マリア永眠教会
ひときわ大きなこの教会は結構最近たてられたそう。
モザイクがとてもきれいに施されているのが印象的だった。

そして近くにあるシンドラーの墓
シンドラーの墓の入り口
映画「シンドラーのリスト」で有名なドイツ人シンドラーのお墓。
映画の最後に順にみんなが石を置いていくシーンが印象に残っていて見てみたかった。
しかし、南京錠がかかっていて中には入れなかった。かなり楽しみにしていたのに・・・。

ちなみに、シンドラーの墓の場所はガイドブックに載っていなかったので参考までに。。
シオン門を出てすぐに見える駐車場を出て、道路を右に進むと30メートル程で上の写真のような門が左側に見えてきます。

だいたい旧市街を見終わった後はオリーブ山へ。
外から見るエルサレム旧市街は本当に城壁に囲まれている。
エルサレム旧市街
山から旧市街を見れば綺麗な夜景でも見れるかと思ったけど、そうでもなかった。。残念。

というわけで以上で旧市街めぐりは終わり。。

エルサレム旧市街
聖書や伝説の世界に迷い込んだような気分になる街。
そんな場所が現実にあったのか!!と何度も驚かされた。
そして、3つの宗教の聖地が混在している様子。
どれ1つ取っても他の場所では体験できない空気だった。


物価さえ高くなければもっと長居したい。本当にそう思える街だった。

2010.07.27
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