2010年08月11日

トラベラー分岐点

いよいよダマスカスを去る日。

ようやくアルラビホテルの屋上ドミトリー(400SP)ともお別れだ。
アルラビホテル屋上ドミ
いつもと同じバスターミナルから7時半のアンマン行きバスに乗るため、6時半に宿を出た。

ダマスカスからバスに乗ること1時間ほどでヨルダンとの国境へ到着。
シリアの出国手続きを済ませ、ヨルダン側で入国手続きを行う。

ヨルダンの入国では他の国の旅行者はみんなビザが要ったが日本人はスタンプだけでOK。改めて日本のパスポートの便利さを実感した。

ヨルダンの首都アンマンには昼ごろに到着。
アンマン
タクシーで中心街へと向かうと、目的のホテルはすぐに見つかった。

マンスール(コーダ)ホテル
アンマン
何回見ても「コーダポテル」に見える。
中東の有名人サーメルが、イラクで殺された香田証生さんのことを忘れまいと名づけた宿だそうだが、サーメルはもう居なくて日本人びいき2代目のルアイという人物が居ると噂に聞いていた。

ホテルにチェックインすると
「おまえは日本人だから水をやる」
と言われ、要らないと言ったのだけど強制的に受け取らされる。
でも、いろんなことを親切に教えてくれる。とてもいい人だ。

そして中を見るとびっくりするぐらいたくさんの日本人が居た。
アンマンは旅の中継地点。トルコやシリアからの南下組、エジプトからの北上組、そしてイスラエル組が交差する。
でも残念ながら明日同じ場所へ向かう人は居ないようだ。

しかしアンマンは特に見所は無いので、とりあえずちょっと郊外にあるスタバでマグを探した後、宿に居た数人で世界一大きい旗というのを見に行くことにした。
アンマン巨大国旗
タクシーでしばらく走ると到着。確かにでかい。
でかいが、シリアのカシオン山から見えた国旗とあまり変わらないような気がしなくもない。。

国旗のすぐそばは公園のようになっていて、市民の憩いの場。
たくさんの子どもたちが集まって遊具で遊んでいた。
外国人が珍しいのか、写真撮って撮って!!と近づいてくる。
アンマン巨大国旗公園の子どもたち
人懐っこくてかわいらしい子どもたちだ。

帰り道は歩いてセンターシティまで帰った。
アンマン
アンマンの街は坂道が多い。そしてみんな人懐っこい。
そんな印象が残った街だった。

明日は最難関の移動が待ち構えている。

2010.07.23
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2010年09月06日

ワディ・ムーサへ

ついにエルサレムを去る日がやってきた。

荷物を持ってダマスカス門を出て、アラブバス乗り場近くで国境行きのワゴンに乗る。
イスラエルの出国税(5000円弱。なんちゅうボッタクリ・・・)を払い、スムーズに通過。

昼過ぎにはアンマンへと戻り、バスターミナルからセルビスでコーダホテルへと向かった。
預けていた荷物を受け取り、そのままムジャンマ・ジャヌーブというバスターミナルへ。
ワディ・ムーサへ

行き先はワディ・ムーサ

バスがやってきたのはいいが、結構な人が居たため席がもう無く、運転席と助手席の間の後ろ向き席に座ることとなってしまった。正直これで3時間は結構きつい。

そして、果てしない砂の大地に伸びるデザートハイウェイを突き進む。
ワディ・ムーサへ
夕方の6時半過ぎにワディ・ムーサの街に到着。
バスを降りてそのままバレンタインインという有名な安宿へ。
バレンタインイン
思ったより急な坂道を登るのでバックパックを持って歩くのはキツかった。

宿についた瞬間にS夫妻にまたまたまたまた再会。
晩ご飯は宿のバイキング(5JD)。肉じゃがみたいなやつがとても美味しかった。
ワディ・ムーサ
宿から見えたワディ・ムーサの夜景。小さな町やけど、とてもキレイだった。

2010.07.28
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2010年09月11日

伝説の古代都市

朝7時には遺跡への送迎バスが宿から出るとのことだったので、根性で早起き。
S夫妻はエジプトへ旅立つので、またまたまたまたお別れ。

それにしても15分経ってもバスなんて来る気配が無い。
レセプションのオッサンに聞いてみると、ドライバーが寝坊したらしい。
めんどくさいので、宿に居たYくんと歩いていくことにした。

今日の目的地は・・・いよいよやってきました、

世界遺産 ペトラ遺跡

インディ・ジョーンズ最後の聖戦のクライマックスで有名になったこの遺跡。
古代ナバテア人がアラビア地域の交易を担って栄えた巨大な都市だ。
パルミラの繁栄や度重なる地震によって衰退し、歴史の表舞台から消え去り、
1000年の時を経て1800年頃に探検家によって発見された伝説の都市。

自分にとっても、この旅で最大の見どころの1つなのでとても楽しみにしていた。
ペトラ
宿から遺跡の入り口へは歩いて20分ほど。ひたすら下り坂だ。

出会う旅人の忠告を聞いて、水を3リットル持って行ったのでとてもカバンが重い。
エントランスに着くとチケットを買う。地○の迷い方には確か21JD(2500円)書いてあったのに、受付の料金表は33JD(4000円)になっている。どんどん物価も入場料も高くなっているとは聞いていたけど、いくらなんでも値上げしすぎだろう・・・。

実は月・水・木曜にやっているというナイトペトラの日に合わせて来たのだが、33JDに加えて別料金で12JDもかかると言われた上に、特にたいしたことのない、ライトアップとかじゃないということだったので、とりあえず予約するのはやめておいた。

そしていよいよ入場!
ペトラ
入り口からは変わった形の岩が両側に見える道を歩く。
途中にも、このようなオベリスク型墳墓があったりして、早速テンションがあがる。
ペトラ

そしてしばらくすると、シークの入り口に到着する。
ペトラ
シークとは、両側に高い崖がせまる、岩の裂け目の道。
まだ朝8時にもなってないのに、たくさんの人が歩いて行っている。
ペトラ

この岩、本当に高くて、そして模様が美しいので、歩いていても全然飽きない。
ペトラ
この左右の下らへんにある窪みは水路になっていて、これを通じて水を調達していたそうだ。
こんな時代から水道を整備していたことが驚きだ。

こんな彫刻もあった。
ペトラ
上半身は消えているけど、ナバテア人の像だそう。

2kmほど歩いただろうか。ゆるやかなカーブを過ぎると・・・
ペトラ
目の前にエル・ハズネが現れた!

うおおおおおおおおおおお!!!!!!ペトラ
でっけぇ・・・。。高さは40メートルほどあるそうだ。

さて、こんなものを見てしまうとどうしても上から見たくなる
この性格。どうにかならんかな。。
右へ左へ行き、階段を探すが、奥の階段は立ち入り禁止。
仕方が無いのでしばらく進んでから考えることにした。

Yくんは2日チケットで来ているらしく、今日はシークを抜けて右側に広がる墓群をじっくり見ていくとのことだったので、一緒に行って崖の上に抜ける道を探すことにした。

みんなが歩いていく道とは外れて、どんどん登っていく。
ちょっと登ると、すでに眼下にいい景色が広がっていた。
ペトラ

登ったり下りたり、道無き道を進んだり・・・
ようやくのことで登って行けそうな所を見つけた。
岩をジャンプして足を痛めたYくんを置いて、登れそうなら呼ぶということで上へと登っていった。
ペトラ
おそらく正規の道じゃないし、登れはするけど、下りるのはかなり難しい道。
岩と岩の裂け目でめちゃくちゃ急だ。でも岩が影になってまだ暑くないからありがたい。
しばらく進んで、上に登っていけそうだったのでYくんを呼んだが、返事が無いので声が届いてる気配が無い。しかし、すでに下りるにはしんどすぎるほど登ってきてしまった。。
ペトラ
悩んだあげく、残りはたいした距離じゃないだろうと思い、そして追いかけてきてくれることを願って登り続けることにした。

崖の上は結構な広さがあり、ちょっと迷いかけたが、遙か向こうに見える人に聞いてみると方向を教えてくれたので助かった。

いよいよエル・ハズネが近づいてきた。まばらに人も居る。
やはり考えることが同じな人は居るのだ。笑
そして、一歩間違えれば下に落ちてしまいそうな岩場から下を覗くと・・・
エル・ハズネ
おおおおぉぉぉおおおおお♪♪♪

この時すでに疲れた果てていた自分は、もうこの遺跡に満足しかけていた。

2010.07.29
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2010年09月12日

山の上の神殿

上からのエル・ハズネを堪能したのはいいが、Yくんとは離れたままだ。
というわけで、また来た道を戻らないと行けない。

絶対無理・・・。。

というわけで、トボトボ他の道を探していたら、老夫婦が
「もっと右奥に階段のある楽な道があるよ。」と教えてくれた。

言われるがままにちょっと先まで行ってみると確かにきちんとした道があった。
あんなに苦労して登る道探したのに。。
ペトラ
しかし、日差しがモロに直撃するので下り道なのにすさまじく体力を消耗する。
やはり、あの道で登って正解だった。変にそう確信してしまったのだった。

20分ほどかかっただろうか、緩やかな分回り道なのですごく長い。
下に着くと左手に大きな建物が見えた。
ペトラ
とりあえず、Yくんを探そう。
そう思いながら歩いていくと、なんと向こうからYくんが歩いてきた。
かなり待たせて悪いことをしてしまった。足が大丈夫そうだからYくんはこれから今自分が下りてきた道を上るというので、ここでお別れすることにした。自分はこれからエド・ディルに向かう。

ペトラのもう1つの見どころ、エド・ディル。
あの右上にそびえる山を越えたところにあるらしい。
ペトラ

後ろを振り返ると、たくさんの墓群が岩山に並んでいるのが見えた。
ペトラ
さっき、あの上まで登ってきたんだ・・・。
よく登ったな。。あんなとこ。。

エドディルへの道の麓へ行くと、周辺にはたくさんのロバが。
「この先ガイド無しで立ち入り禁止」の看板が立っていた。
無視して行こうと思ったらオッサンに呼び止められる。

オッサン「この先は1人じゃ行けねぇよ。
         ガイド付きで70JD(8000円)だ!」


はあああああああああ!?70JDも払えるかボケ!!

ぶっ殺す勢いでキレ始めたらすぐに35JDと言い始めた。

それでも高いわアホ。

だいたい、1人でみんな登ってるし、こいつら騙す気満々。しかし、すでに時間は昼前。
エド・ディルまではガイドブックにも歩くと1時間かかると書いてある。
単純に考えても往復2時間だ。昼に近づくにつれて、気温もぐんぐん上がってる。
手持ちの水ももう半分以上無くなってる。ロバに乗ってもいいとは思うけど、
いくらなんでもそんなに金を払うつもりはない。それぐらいなら帰る。

と思いながら、色々交渉したり帰るフリをしてる内に、15JDになった。

まじでこいつら腐ってんな。なんなん最初の70JDって。

と思いながら、もうそれぐらいならいいやと思い、乗ることにした。
自分は節約命の長期旅行者でもないので、あまり無理はしないことにしている。
ペトラ
そしていざエド・ディルへ!
ロバに乗ればエド・ディルまでは20分。最初は15JD(1700円)でも高いとは思ったが、
いざ乗って登っていくと、本当にロバに乗ってよかったと思う程の道だった。
ペトラ
これがそのオッサンのしもべだ。このおっちゃんはいい人だった。

みんなが必死で登っているところを横目に、ロバでスイスイと登る。
そしてようやく到着。おっさんと別れて、しばらく歩くと右手にエド・ディルが!
ペトラ
でっけえ!!!!エル・ハズネよりかなりでかい気がする。。

自分の足で登ってきていたら、感動ももっとでかいのかもしれんが、
エル・ハズネの崖を登った後であれを登ったら死んでいた自信がある。

ちょっと上の岩場には展望台があって、せっかくなのでそこにも登ってみた。
後ろ側にも、山々が折り重なって絶景を見ることができた。
ペトラ
展望台から見たエド・ディル。
ペトラ
遙か向こうの景色まで見ることができてとてもいい眺めexclamation×2

下りてしばらくエド・ディルの前の休憩所で休んでいると、1人の日本人が。
なんと、大阪から来た、しかも同業のTくん。
こんな所でそんな人に遭遇するとは。。本当に世の中は狭い。

仕事や旅の話などで盛り上がりつつ2人で帰りの道を下りていった。
下り道から見える景色はとてもいい。
ペトラ
すでに時間は2時頃。一番暑い時間に、みんながんばって登ってきていた。

麓に下りて、レストランで昼ご飯(ビュッフェで15JD)を食べ、元来た道を戻る。
ペトラ
右手には、謎の神殿らしきものが広がっていた。

Tくんもエル・ハズネへの道を登るというので、麓でお別れ。
自分はそのままシーク方面へ歩いて帰ることにした。

朝、最初に登っていった墓群。
ペトラ
こっちから見るとまた立派な建造物に見える。

そのままシークを抜けて、歩いて宿まで帰った。

朝7時過ぎに宿を出て、戻ってきたのは夕方5時。
そこからナイトペトラに行く元気など、もちろん無かった。


これでも遺跡の1%しか発掘されていないらしい。
とんでもない広さのペトラ。
全てが発掘されたら見るのにどれだけかかるのだろう・・・。

2010.07.29
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2010年09月14日

英雄の駆け抜けた砂漠へ

昨日の疲れも癒えぬ早朝6時20分ごろ。
次の行き先へと向かうバス(5JD)が宿の前にやってきた。

同じ宿からも5人ほど乗っているが日本人は居ない。

行き先は、ワディ・ラム

映画「アラビアのロレンス」で有名なこの砂漠。
出会う旅人の前評判がとてもいいので楽しみにしていた。

1時間程走っただろうか、バスはワディ・ラムの門へと到着。
ワディ・ラム
ここで入場料5JDを支払い、再びバスで数分走ると、ラム村へと到着。
ワディ・ラム
ほとんど何もない町だ。

そのまま、ベドウィン・メディテーション・キャンプのオーナー、ジダンの家へ。
ワディ・ラム
参加者はオランダ人4人、スペイン人1人、イタリア人2人と自分の計8人。

ラム村の売店でお昼のお弁当になる食べ物をいくらか買った後、砂漠へと出発!
ワディ・ラム
車の荷台に乗り、走り出すとすぐに目の前に大きな岩が現れてくる。
すでに景色は超壮大な感じだ。

まず最初に到着したのは、ロレンスの泉
ワディ・ラム
車を降りて目の前の岩を10分ほどかけて登ると、こんな景色を見ることができる。
ロレンスが水浴びしたと言われる泉があります。

こちらは赤い砂丘
ワディ・ラム
みんながんばって登ってたけど、足を取られるし超疲れるので自分はパス。

こちらは、岩盤に残された碑文。
ワディ・ラム
昔、砂漠を行き交う人達が残したのかな。かなり古そうでした。

次に向かったのは、ロレンスの家
ワディ・ラム
崩れ果てた家やけど、実際はロレンスとは関係のないただの石造りの建物らしい。

ここを見終わると、ちょっとした岩場の影になった所で昼食タイム。
そして食べ終わるとみんなお昼寝をし始める。
確かに、この暑さとペトラの疲れじゃみんな眠りにつくよな・・・

1時間程昼寝した後は、岩の橋へ。
ワディ・ラム
自己責任で登る。この右手前の所から登るんやけど、いざ上まで行ってみると結構高い。
下を見下ろすとこんな感じだ。
ワディ・ラム

これで見どころは一応全部見終わったので、キャンプへと到着。
ワディ・ラム
とはいえまだ午後2時ぐらいだ。夕方まで暇すぎる。
というわけで、みんなでまた岩の影で昼寝タイムだ。

どんだけ寝れば気が済むんだ。。

と言っても、自分自身も疲れがハンパじゃない。
敷物を借りて仮眠を取ることにした。

しかしここ、砂漠のど真ん中なのですごいハエがたくさん!!
もう、ハッキリ言って寝れるとかそういうレベルじゃない。
しかもめっちゃくちゃすばしっこいので殺すこともできない。

かなりムカつきながらも4時間の時が過ぎ、ようやく夕ご飯の時間。
新たに午後組もやってきて、みんなでキャンプの中で食べ始める。
このメニュー、ラクダの肉だそうだ。
ワディ・ラム
まずいとは言わないけど、結構ニオイがあったような気がする。
まぁ、鶏肉だと言われればそう思い込めるかも知れない。

ご飯が終わると楽器を持って歌が始まる。

みんな盛り上がっていたが、そこそこに外へ出た。

夜の砂漠はとても涼しい。

空を見上げると満点の星空。
写真に納めることができないほど美しい夜空だった。


2010.07.30
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2010年09月18日

あこがれの紅海へ

昨日はいつのまにか寝てしまっていたらしい。
目が覚めるともう辺りは明るくなっていた。


とは言ってもまだ日の出前。
せっかくなので近くの岩場の上から日の出を眺めることにした。
ワディ・ラムの日の出
軽く朝食を食べた後はラム村へと戻り、各自解散!
これから自分はアカバの町へと行きたかったのだが、
ジダン家の案内には、タクシーで20JD(2400円)みたいなことが書いてある。

とりあえず他のメンバーにアカバに行く人が居ないか聞いてみると
オランダ人の4人が行くというのだが、タクシーの定員は4人だと言う。

おいおい、ハミゴかよ・・・。

さすがに1人でその値段払ってまでタクシーで行こうとは思わない。
とりあえずハイウェイまで出て、バスが来るのを待つしかない。
案内文には、「5分で来るときもあれば2時間待つこともある。」
などと怖ろしいことも書いてあるが仕方が無い。どうせ今日はアカバに泊まるのだ。

とりあえずハイウェイのバス停まで出ないと行けない。
どう行くか考えていると、イタリア人夫婦が声をかけてくれた。
2人は車で来ていたのでハイウェイまで乗せていってくれたのだ。
十数分走ると、ハイウェイの道の交差点へと到着。
そこで2人とは別れ、目の前にあったバス停で待つ覚悟を決めた。

今日は土曜日。車はまばらにしか走っていない。
でも、もしかしたらバスが来る前に止まってくれる車があるかもしれない。
というわけで道の脇で手を挙げて止まってくれる車を待つことにした。
ヨルダンで乗せてくれた車
そうすると、ものの5分程で普通の乗用車が止まってくれた。
しっかりお金は請求されたけど(笑)まぁ真っ当な金額やったし、
ホテルの前まで連れて行ってくれたので気持ちよくお別れ。

一緒に車に乗っていたオッチャンもそうやけど、ヨルダン人って親日的だ。
アカバへ着くまでの間、ずっと興味津々で色んな話をしてきた。

そういえば、イスラエル入国の時のヨルダン出国ゲートに居たオッチャンも行きも帰りも「日本人?」と聞いてきて、「うん。」と答えると手を合わせて拝んできた。

それにしても、このキングスハイウェイ。めちゃくちゃ景色が壮大だ。
ワディ・ラムで見たようなでかい岩が両側にひしめき合ってる。
ワディ・ムーサまでのデザートハイウェイとは全く違った光景だった。

数十分程で車はアカバの町へ到着。
数キロ先にはまた別の町が見える。
アカバ
あれはイスラエルエイラートだそうだ。

宿にとりあえずチェックインして、シャワーを浴びて一眠り。
気づくと昼前。目の前に広がる紅海。せっかくなので泳ぎに行くことにした。

アカバの町はそもそも泊まる気なんてこれっぽっちも無かったのだが、土曜日はファーストボートの運行が無いという不運な状況なので仕方なく1日滞在することにしたのだ。

泳ぎに行く前に船の予約をしようと思い、チケットオフィスへと向かった。
ようやくのことで見つけたオフィスには、ハゲたオッサンが1人。

オッサン「明日の船?大丈夫だ!
       送迎のバスでフェリーまで向かうから、明日の
        8〜10時の間にこのオフィス前まで来てくれ!」


わかった。
それにしても名前とか言っておかなくていいん?


オッサン「ノープロブレム!」

というわけで、若干不安も残りつつビーチへと向かうことにした。

ガイドブックを見てみると、ロイヤルダイビングクラブという所のビーチの珊瑚がめっちゃキレイだと書いてあったから、せっかくなのでそこへ行くことにした。

アリババとかいうレストランの前からシャトルバスに乗り、20分程。
町からはだいぶ離れた場所にある。

入場料は本は10JDと書いてあったが、15JD程になっていた。(バス代込み?)
そして5JDでシュノーケルセット貸してくれると書いてあったのに8JDになっていた。
なにかと値上がりしすぎじゃね?シュノーケル借りるだけで1000円って。。

桟橋からエントリー。
アカバ
そして、海に入るとそこはもう珊瑚礁exclamation×2
アカバ
何気に珊瑚礁を見るのは初めてなので結構興奮した。

日本の和歌山でダイビングしていた海が死んだ海に思えてくるぐらいだ。
あっちこっちに色んな魚もめっちゃたくさん居てすごい!!

アカバ
でもまぁ、1人で来てるのは自分1人。
大きなホテルが併設されてるから、家族連れも多いし、ダイビングスクールもあったのでたくさんの人で賑わっていた。

2時間ほど泳いだ後、町へと帰って腹ごしらえ!
なんとこの町にも中華料理屋があるらしい!!ということで、Let's go!

メニューを見ると「Spicy Tofu」の文字が!!!
おおお!やっと麻婆豆腐きた!!!!!!!!

しかし・・・
ニィチャン「料理人が帰ったから豆腐が作れない。」
とか言い始める始末。
アカバ
超テンションあがったのに、空振りに終わってしまうのでした。
でもこの町に珍しく、Wi-Fiが拾えたのでそれでチャラかな(笑)
ただ、ずっと小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」がかかっていたのだけが気になった。

アカバは小さな町やけど、土産物屋もたくさんある。
アカバ
夜でも明るく賑わっていました。

宿の屋上からは、よい景色が見えた。
向こうに明るく光るイスラエルのエイラートの町。
アカバ
そしてその先に広がるエジプト。

こんな小さな空間に3つの国がひしめき合う光景。
眺めていると、とても不思議な感覚になるのだった。


2010.07.31
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2010年09月19日

海を越えて

あまりに暑すぎて全然寝れなかった。ペトラホテルという宿。
もし泊まるなら窓のある風通しのいい部屋をオススメする。

受付に居たオッチャンのシャツに漢字で
『無宗教』と書いてあったのが印象的だった。

「え、無宗教なん?」と聞いてみたら

オッチャン「これは『イスラム教』って書いてあるんだろ!?」

と最高の笑顔で聞かれた。誰だよあんなの吹き込んだヤツは・・・。

9時頃に宿を出て、チケットオフィスへと向かった。
そして、いざオフィスに着くと、オッサンがチケットを発行してくれた。
ファーストボートの片道で$70。結構高額だ。

そして、昨日オッサンが言ってたので、「送迎バスは?」と聞くと、

オッサン「そんなの無いよ。タクシーで行ってくれ!」

・・・・・・・・・・・

それやったらなんでこんな重いバックパック背負ってこんなとこまで来たんじゃボケ!!!!チケットだけやったら昨日発行しとけや!!!!

仕方がないのでタクシーで港へと向かった。

しかしこのタクシードライバー。
4JDだと言うが、手持ちが10JDしか無かったので「両替してくれ。」と言うと、細かいのを持ってなかった。それで辺りの人に両替を頼みに行くが全然居なくて、結局戻ってきたら
「これでOKOK!10JDもらっとく!」とか言い始めた。

何がOKじゃ!!!ふざけんな!!!
とブチ切れると、慌ててまた両替相手を探しに行ったけど・・・。

まじで中東の移動めんどくせぇ・・・。。
ヨルダン出国
ターミナルには10時過ぎに到着。

そこから2時間程ひたすら待つ。それにしても暑い。
ヨルダン出国
出発前にはこの地面は隙間がないほどに乗客の荷物で埋まっていた。

声がかかり、ようやく出国手続きへ。
ヨルダン出国
遅れることも多々あると聞いていたけど、予定通り1時にはフェリーは出発。

そこから2時間半程(予定は1時間)でエジプトヌエバアに到着。
港に着いたのはいいが、荷物が先に出るためか、船の中で1時間以上待たされる。

これじゃファーストボートの意味が全く無いやんけ・・・。

乗客もみんなイライラを隠せないようだった。しかしいつもこんな感じなのだろう。
ようやく外に出て、エジプトのビザを取得。

それにしても暑い。これまでの国とは暑さが桁違いだ。

セルビスのターミナルもだいぶカオスだ。
ヌエバア
しかしこの光景を見て「あぁ、エジプトに来たんだ。」と変な実感が沸いた。

他にほとんど旅行者がおらず、セルビスには2人だけで乗るハメになってしまった。
バスもあるらしいが、16時に出発して今日は他に無いということだったので
高くはついたけど、仕方なくそれに乗り、目的の町へと向かった。
ようやく辿り着いた、2年ぶりのエジプトに心が躍るのだった。

2010.08.01
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