2013年12月08日

エスファハーンA

ラマダン明けを迎えて、改めてエスファハーンの観光をする。

最初にやってきたのは、マスジェデ・エマーム。エマーム広場の正面だ。
(たぶん)イランの女子高生の修学旅行らしき団体が来ていた。一緒に中に入っていく。
エスファハーン

中央礼拝堂の天井もどう例えていいのかわからないぐらいに細かい装飾で美しい。
エスファハーン
壁から天井までこのように装飾されており、ある一点の音が響くように造られていた。
エスファハーン

外へ出ようとすると、警備員らしき人物が建物の上に登らせてくれると言う。
ほんまに大丈夫かと思いながら、着いていく。

エスファハーン
狭い階段を登ると、建物の裏手に出て、また言われるがまま着いていく。
エスファハーン
エマーム広場は気持ち少し見えたぐらいだった。マスジェデの上に登れたらなぁ。。
エスファハーン
それでも中央礼拝堂は上から見たほうが断然迫力があった。満足満足♪
エスファハーン

エマーム広場は憩いの場。みんな服を脱いで大はしゃぎで水遊びしていた。
エスファハーン

こちらはお昼ご飯に食べたケバブ。
エスファハーン

夕方にはアリー・カプー宮殿に登る。ここからは広場が見渡せてとても気持ち良い。
エスファハーン

ザーヤンデ川に架かるスィー・オ・セ橋。夜には綺麗にライトアップされる。
川に水が流れていればもっと綺麗だっただろうに・・・。

エスファハーン
郊外の山の上に夜景を見に行ったりもした。
エスファハーン

その次の日には、午前中にイランでは珍しいキリスト教の教会へ。
アルメニア人街のジョルファ地区にあるヴァーンク教会

エスファハーン
壁に描かれた絵はとても迫力があり見ごたえがあった。
イランでここまでの教会を見れるとは思っていなかったのですこし驚いた。
エスファハーン
しかしこのようなドームはなんとなくイスラム教の装飾を思い起こさせる。
エスファハーン

その後は、カフェやチャイハネでゆっくりして夕方まで過ごした。本当にいい街だ。
エスファハーンの滞在もこれで終わり、夜行バスに乗って次の街へと向かった。

2013.08.09-08.10
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2013年12月06日

ラマダン明け

日が沈んだ頃に宿を出て、再びエマーム広場へと向かった。
広場へ着く前にも、簡単なおつまみのようなものが店先に置いてあったり。
明らかにこれまでと雰囲気が違う。そして広場へ着くと・・・・

すさまじい人、人、人。広場を隙間無く埋め尽くす程の勢いでたくさんの人。
ラマダン明けを祝い、みんな家族連れでシートを持ってお弁当を持ってピクニック!
エスファハーン
わかりにくいかもしれないが、通路以外は人で埋め尽くされている。

噴水もとても綺麗にライトアップされていて、思わず見とれる。
エスファハーン
ちなみに、この噴水に辿り着くまでに2時間かかった。
というのも、歩いているとそこかしこから声をかけられて、それぞれのシートにお邪魔。
ラマダン明けのハイテンションもあいまって、色んな話をしたりしながらおもてなしを受けた。みんなとても明るくて愉快で、優しい人たちだった。とても楽しかった。


マスジェデ・イマームの前にもたくさんの人がいて、お喋りしたり遊んだり。
エスファハーン

広場の正面のモスクのモザイクは夜に見ても美しい。
エスファハーン

ここで、日本人の留学生の男の子と出会った。こんな国に留学なんて珍しい。
色んな話ができてとても勉強になったし楽しかった。考えさせられることが多い。
それの彼が交渉してくれたおかげで、夜にもかかわらずモスクに入れてもらえることに。
エスファハーン
人の居ないモスク。薄暗くライトアップされた内部はとても広く、こんな時間に中々入れるところでもないのでワクワクしてしまった。

噴水の水に映るマスジェデ・シェイフ・フォッラー
エスファハーン

深夜を過ぎると噴水が止まり、水面が揺れないので綺麗にマスジェデが映り込むのだ。
エスファハーン
結局3時ごろまで広場で過ごしていた。ラマダンは旅行する側にとっても中々しんどい時期だったので、終わってくれて本当にありがたいが、その分ラマダン明けの喜びも少し共有できた気がして思い出に残る日となった。

2013.08.08-08.09
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2013年12月04日

エスファハーン

アブヤーネ近くからバスに乗り3〜4時間。
ようやく到着したのは、文化芸術の都エスファハーン

『イランの真珠』と言われる、イランきっての美しき古都。

バスターミナルからタクシーに乗り、宿へ。結構日本人が居た。
ここで、3年前の中東でニアミスし、共通の友人がたくさんいるTちゃんに出会う。
革命騒動中のエジプトから避難してきたそうだ。世の中は本当に狭い。

そして時を同じくしてやってきたTくんとその他数人で街へと繰り出す。
最初、スークを歩き、マスジェデ・ジャーメ(金曜モスク)へ。
エスファハーン
エスファハーンで一番古いモスクだそうだ。増築を繰り返してきたため様々な時代の様式が見られるそうだが、建築専門家ではないのであまりよくはわからない。結構大きなモスク。だがしかし、マシュハドを見た自分にとってはもう取るに足らない規模であった。

スークはとても楽しい。香辛料や絨毯、服屋さんなど見てるだけでも楽しい。
エスファハーン

エスファハーン

カラフルな香辛料。香辛料のお店はとても多かった。
エスファハーン

可愛い麦藁帽子のマネキン?思わずパシャリ。
エスファハーン

そして、再びスークを歩き戻っていく。
エスファハーン
時間帯のせいなのか、所により全て閉まっている場所もあった。

途中、広場で謎の準備をしていた。ラマダン明けのイベントがあるのだろうか。
エスファハーン

そして、ようやく辿り着いたエマーム広場
エスファハーン

ここでイラクからやってきたと言う家族と出会う。
衝撃だった。いや、考えれば当たり前のことなのだけど、イラクがあの情勢なので、イラクに住む人には旅行をする余裕なんて無いと勝手に思っていた。
日本全土が放射能にやられていると思っている外国人が居るのと同じか。

エスファハーンは『世界の半分』、
      エマーム広場は『全世界の図』
とまで称えられる。

本当に評判通り美しく、そして市民・観光客の憩いの場になっている。
エスファハーン
広場の周りを馬車がパカッパカッといい音を鳴らし走っている。
エスファハーン

エスファハーン
本当に美しい。一日中居ても飽きないだろうと思うぐらい、ずっと居てたいと思える場所。
世界を旅していても強くそう思う場所は案外少ない。しかし、この街を好きになるのに時間はかからなかった。


日中はとても暑いので、バザールの中を散策した後、一度宿へと戻って休むことにした。
ここにきて初めて知ったのだが、Opendoorというアプリを使えばfacebook等も使えるそうだ。
イランの国内はVPNを使ってもfacebookやTwitterにアクセスすることはできない。
でも、イラン人も様々な手を使ってアクセスはしているみたいだ。

そんなこんなで、日が落ちた頃に再び宿を出た。

2013.08.08
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2013年12月03日

カーシャーン〜アブヤーネ

テヘランからバスで4時間、カーシャーンという町へ。
バイクの音がうるさくて、空気があまり良くなくて、見所のあまり無いテヘランを離れ、ラマダン明けは小ぢんまりとした町で過ごそうと決めてバスに乗った。
ラマダン明け前日ということもあり、町中の食材店は昼間から開いていた。宿はガイドブックに乗ってた安宿にしたが、ドミトリーはなくて結局20ドルぐらいの値段取られた。他に無いのでもう仕方ない。

着いたその足で世界遺産に登録されたペルシャ式庭園フィーン庭園
カーシャーン
静かでとても美しい庭園。観光客もほとんどおらず、とてものんびりできた。
カーシャーン
建物の中にも水路が繋がっていて、斬新な造り。
カーシャーン

そして、町中にあるヒストリカルハウスのタバータバーイー
カーシャーン
こちらはすごい!庭園もさながら、ステンドグラスや内装もとても美しく見ごたえ有り!
カーシャーン
場所が少しわかりにくかったのが難だけど、行ってよかった。

ラマダン明けということで、お祭り騒ぎでもあるのかと思っていたが、何も無かった。
小さな町だし、みんな家族で過ごすのだろうか・・・などと思いながら早々と就寝。


次の日は車をチャーターして、アブヤーネ村へと向かう。
カーシャーンの町を出てしばらくすると、運転手のネーちゃんが
『ここからは撮影禁止よ!原子力施設があるの。』と言い出す。
おいおい、旅行者にそんなことバラしていいんか・・・とか思いつつ興味深々。

1時間半ほど走ると、アブヤーネの村へと到着。赤い町並みが特徴的な美しい村。
アブヤーネ

男性も女性も特徴的な衣装。特に花柄のスカーフがとても可愛い。
アブヤーネ

イランでも一番美しい村のひとつと言われるだけあって、歩いてるだけでも楽しい♪
アブヤーネ

アブヤーネ
カーシャーンからタクシーを利用するしか来る手段が無いような村ではあったけど、そこまでしてでも来てよかったと思える村だった。

一通り歩き終わると、幹線道路まで送ってもらってバスに乗り換え。
そのままエスファハーンへと向かった。

2013.08.07-08.08
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2013年12月01日

テヘラン

マシュハドから国内線に乗ること1時間、首都テヘランへと到着した。
テヘラン
そこからタクシーで市街へと出て、目当てのホステルへと向かった。道路を走るだけでマシュハドとの違いがハッキリとわかる。すごい数の車と、段違いに多い排気ガス。道路沿いを歩くと少し咳き込んでしまうぐらいだ。ホステルは道路に面しているので、バイクの音がものすごく響く。

テヘラン
荷物を置いた後、地下鉄に乗り、イマーム・ホメイニ廟へと向かった。
テヘラン中心部より30分ほど乗って降りた駅から徒歩10分ほど。
いまだ建設中のイマーム・ホメイニ廟は人気も全然無く、まるで廃墟のようだった。
テヘラン
トイレにだけは人がやけにたくさん居た。ここでオジサンに日本語で話しかけられる。
昔日本で働いていたそうだ。もう忘れかけた日本語でカタコトだったけどいい人だった。

そして中心部まで再び戻り、手前の駅で降りてスークを歩くことにした。
テヘラン
しかしイメージしていたものと少し違う。観光客向けのものではなく、日用品マーケットだ。
ちょうど入ったところは下着街で、10分ほど歩いてもずっと下着屋が続いていて途方にくれた。
テヘラン

その日の夜は、テヘランでも唯一の中華料理屋に宿に居た男の子と行くことにした。
ようやくここで麻婆豆腐にありつける!!ラマダンは本当にきつい。
麻婆豆腐
正直美味しいとはお世辞にもいえない、中国でも海側の町の麻婆の味だった。60点。
その日はその男の子の友人のイラン人と少しドライブをした後、宿へと帰った。
ここで連れて行かれたのがテヘラン郊外のオシャレスポットだったのだけど、
超美人なイラン人の若者とかもいっぱいいて、疲れたけどおもしろかった。


次の日は、まず始めにアーザーディー・タワーへ。
テヘランの街の入り口に立つこのタワーは街のシンボル。
テヘラン
1971年にペルシア建国2500年を記念して造られたんだとか。年中無休と書いてあったのになぜか入り口は閉まっており、中が見れなかったのが残念だった。一応中は博物館になってるらしい。

ちなみに、テヘランに限らないがイランの街中にはこんなポストがたくさん立っている。
テヘラン
よくよく見るとサダゲ箱と呼ばれる募金のボックスであった。イランでは寄付という行為が日常生活の一部になっているかのように、これでもかというほど街中に立っていた。

そのままふたたび地下鉄で戻り、宝石博物館へ。
個々は写真撮影禁止なので残念だが、銀行の地下にある。言葉で表現するのは難しいが、想像以上にすごいモノが収蔵されていた。期待していなかった分、結構楽しめた。

テヘラン最後の観光は、旧アメリカ大使館
テヘラン

1979年におきたアメリカ大使館占拠事件。それ以来イランとアメリカは断交。
大使館を囲む壁には反米プロパガンダの絵が描かれている。

テヘラン

テヘラン

大都市ではあるがあまり見所は無いテヘラン。
暑くてラマダンでしんどかったけど、1日半で大体見終わりました。

2013.08.05-08.06
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2013年11月05日

聖地マシュハド

夕方になってからホテルを出てハラメ・モハッタル広場方面へ。
広場の手前右側にスークがあったので、そちらにも寄り道。

マシュハド

とても長く、様々な店が立ち並んでいるが、よく似たものも多い。
マシュハド

さまざまな香辛料がある中、名物はサフラン。結構値が張る。
マシュハド
使い方も知らないけどサフランをいくらか買った。

お土産用にボールペン(ペルシャ語で名前を刻んでくれる)のを数本。
マシュハド

そして、ハラムへと再びやってきた。
今度は一番大きな入り口から。入り口横の荷物預け所に荷物を預ける。
特にとめられることも無く、金属探知機で検査をしてそのまま中へ。
マシュハド

24時間開いているこの広場、明らかに昼間よりも人が多い。
ラマダンが終わりに近づいて、巡礼者の数もピークの頃。

マシュハド
ゲートを入り、中心部へ行くにつれどんどん人が増えていく。
日中は太陽の熱気がすごくて歩き回るどころではなかったけれど、夜はその分の熱気が全て巡礼者から発せられているのではないかと思うほどの熱気に包まれていた。


マシュハド
これまで様々な宗教の聖地へと足を運んできた。
エルサレムはキリスト教の聖墳墓教会やユダヤ教の嘆きの壁、チベット仏教の大昭寺等、様々な宗教の聖地をこれまで訪ねてきたが、そのどこよりも祈りのパワーで溢れていた。


廟のある建物の中はものすごい装飾であった。
写真を撮れなかったのが悔やまれるけど、初めてあんな空間に入った。
建物の中の壁という壁は全て小さな鏡によって装飾がなされ、光り輝く室内で、通路以外は足の踏み場も無いほど巡礼者が埋め尽くし、祈りを捧げている。

そして、エマームレザー廟の周りには、すさまじい勢いで巡礼者が押し寄せ、その手で少しだけでも触れようと手を伸ばす。そして、涙を流して祈っている。
聖墳墓教会等とは次元の違う熱気に、圧倒されてしまった。自分もひと目、廟の中を見たいと思ったが、こんな中途半端な異教徒が近づける雰囲気ではなかった。


外に出た後は、広場を隅々まで歩き回ってみた。
マシュハド

本当にすごい光景を見たような気がした。
人の祈りのパワーの大きさを、今までで一番肌で感じることができる場だった。


次の日も午前中、ゆったりと広場を周り、午後に飛行機でテヘランへと向かった。

2013.08.04-08.05
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2013年11月03日

イラン入国

16時の便でドーハを出発予定で搭乗口で待っていた。
行き先はイランの北東部、イスラム教シーア派の聖地マシュハド

テヘランやシーラーズ等に行く飛行機なら違ったのかもしれないが、さすが聖地に行く飛行機だけあって敬虔そうなイスラム教徒の搭乗客が多い。なんと乗客の半分以上は全身黒い衣装に覆われたイスラム教徒の女性であった。かなり異様な雰囲気だった。
マシュハド
本当にお前マシュハドに行くのか?というような顔をされながら搭乗口を通過。すると・・・
「あなたはビジネスクラスに移動してください。」と小声で言われタダでグレードアップ。
なんとなく、飛行機に一人だけ乗った異教徒だからちょっと一般の人たちと離されたのだろうか・・・
なんて無駄な想像もしてしまうほどの状況であった。

フライトは約3時間。着陸前に見える街の光を見て身が引き締まる。
イスラム教シーア派が国民の95%を占める国、イラン。
(イスラム教徒約12億人のうち、シーア派は約2億人と言われる。)
1979年のイランイスラム革命以来、現在に至るまで欧米諸国とは敵対する関係である。
旅行者であっても女性は頭にチャドルを巻かなければならないし、ビザを取るのも大変で、宿や交通機関の予約もできない。いざ旅をするにもい準備に時間のかかる国。

そんなことより一般的には核やテロの国というイメージがつきがちな国でもある。
そうではないと知ってはいても、緊張感はいつもより大きかった。


空港では旅行会社の運転手が迎えに来てくれていた。
というのも、いつもならこんなサービス頼まないのだけど今回は事情があった。
それは、マシュハドからテヘランへの国内線の飛行機の購入のため
現在イランはアメリカからる経済制裁を受けている影響で、クレジットカード等の決済ができず、日本からイラン国内線のチケットを直接買うことはできないのだ。

というわけで、イランの旅行会社に国内線のチケット手配を依頼していたのだけど、その受取条件として空港への送迎サービスを依頼し、その運転手に代金を払いチケットを受け取るという形式だったのだ。
(ちなみに、依頼したのはIRAN TRAVELING CENTER。航空券:65ドル, 送迎料:25ドル)

20分ほど走ると市街へと着く。宿は予約していなかったのだけど、この時期はどこも満室。
運転手のおっちゃんが親切に色々探してくれて、一泊20ドルのホテルで手を打った。
今はラマダン中であり、巡礼者が多く訪れるためどこもいっぱいだそうだ。

長い移動に疲れたので、街を周るのは翌日の朝から。
朝食付きだと言っていたが朝起きて食堂へ行ってみても何も無い。やはり日の出前に行かないと料理は無いのだろうか。まぁいいや。ラマダンの勝手がわからないのであまり強くも言う気もなかった。
こんなこともあろうかと持参したカロリーメイトを食べて外へと出た。
マシュハド
初めて感じるイランの空気。想像していたイランとはずいぶんと違う。
マシュハド
思ってたよりも都会で、緑が多くて、生活観の溢れる街だ。
マシュハド

向かうは、ハラムと呼ばれるハラメ・モタッハル広場
年間2000万人のイスラム教徒が訪れるという、大巡礼地だ。
マシュハド

イスラム教シーア派最大の聖地、エマーム・レザー廟

第八代のイマーム、アリー・アル・レザーの殉教地。
マシュハド
なんせ広すぎて入り口が複数あり、どこから入って良いのか最初わからない。

異教徒が入れる入り口は決まっているようで、頼んでも無いガイドがついた。
英語で説明しながら一緒にまわってくれるオッチャン。途中、異教徒向けにイスラムについての本なんかもプレゼントされ荷物が増えてしまったが、最後に絨毯博物館まで行って別れを告げられた。見終わったらそのまま出口に向かいなさいと言われたが、素直にそのまま帰るわけが無い。

ちなみに広場の中はカメラ撮影禁止で、入る前に荷物は全て預けなければならない。
しかし、みんなケータイでは結構撮影していたので、便乗して撮影をさせてもらった。

マシュハド

どこまで細かく作られているんだ!!そう思わされる程建物は美しい。
細かいタイルの装飾が青く光り、見るものを魅了する。

マシュハド
当たり前やけど周りは全員イスラム教徒。
真剣な巡礼者を前に溢れ出す「自分がこんな所に居ていいのか感」。

マシュハド
エルサレムの岩のドームのミニチュアみたいなのがあった。
マシュハド

マシュハド

現在も建築中のものがいくつもあり、未だ拡張が続いているようだ。

歩き回っているととある若者に声をかけられ建物の中に連れ込まれた。
そして、絨毯の上に座らされ、十数人もの若者たちに囲まれた。
そこに居た若者の国籍は様々であった。イラン人はもちろんだが、その周辺国である
アフガニスタンやパキスタン、マレーシアやタイ、オーストラリア等意外な国の人も居た。
何か悪いことしただろうかと不安になっていると、どうやらそうじゃないらしい。
こんな所に日本人が来るのは珍しいのだろう、みんな話がしたいということだった。
なぜここに来たのか、あなたは何の宗教を信じているのか等みんな興味津々。

正直イスラム教徒じゃないのにこんな所にまで入ってきた後ろめたさもあったのだけど、
「イスラムに興味を持ってここに来てくれたことが嬉しい。」と言ってくれて嬉しかった。
そして、自分もイスラム教徒である彼らが、異国である日本人の文化や考え方などに興味を持って、色んなことを聞いてくれるのもとても嬉しかった。


ハラムが巡礼地としての本当の姿を見せるのは、日が暮れてから。
昼も過ぎ、太陽が高くなり暑くなってきたので一度ホテルに戻り、休むことにした。

2013.08.03-08.04
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